もう、
増えない。
「プロテインは多いほど良い」は半分本当で、半分嘘。Morton RW のメタ解析が描いた曲線は、体重1kmあたり1.6gでくっきりと折れていた。それを超えても、筋肉はもう増えない。腎臓を壊すのではない、効率がゼロになるという話。今号は、その折れ線の数学を読む。
“We are what we repeatedly eat. Excellence is not an act, but a portion.”
Morton RW のメタ解析(BJSM 2018)は、レジスタンス・トレーニングを行う健康成人を対象とした49のランダム化比較試験を統合し、タンパク質摂取量と筋肥大の関係を描いた。グラフはきれいなS字を描き、約1.6g/kg/日でくっきりとプラトーに入った。
それを超えた群と、そこで止めた群のあいだに、筋断面積・筋力ともに有意差はなかった。「たくさん飲んだほうが筋肉になる」という直感は、ある点までは正しく、ある点で完全に止まる。S字の頂点は、コスパの境界線である。
ルネサンス期のモンテーニュは『エセー』のなかで、医者の処方より自分の身体観察を信じた。多すぎず、少なすぎず、習慣を守って食べる。Morton 2018が400年あとに数字で示したのは、これと同じことだった。1.6 g/kgの線で、身体はもう「ありがとう、もう要らない」と言っている。それを超えた分は、エネルギーに変わるか、尿素として排泄されるだけ。
実装は単純である。体重1kmあたり1.6gを上限として、それを3〜4食に分ける。体重70kmの人なら、1日112gが上限で、1食あたり28〜37g。これは「鶏むね百g+卵2個」「納豆1パック+ヨーグルト200g+プロテインシェイク」あたりで、無理なく組み立てられる。
重要なのはタイミングではなく総量、というのが Morton の含意である。ワークアウト直後の30分(いわゆるアナボリックウィンドウ)にこだわる根拠は、最近のメタ解析では弱まっている。1日に分けて確保する、それで十分。
鶏むね肉百g。電子はかりが緑色に光る。それで25gのプロテイン、ということを覚えてしまうと、コンビニのサラダチキンの裏面ラベルを読む癖がついて、それから半年で5km筋肉が増えたらしかった。数字は、儀式である。
「タンパク質の取りすぎは腎臓に悪い」は、慢性腎臓病をすでに持っている人の文脈で生まれた話で、健康成人の文脈ではエビデンスは弱い。Devries MC のメタ解析(J Nutr 2018)は、28のランダム化比較試験を統合して、高タンパク食(1.5g/kg超)と通常食を比べたが、eGFR、血清クレアチニン、尿アルブミンのいずれにも有意差はなかった。
つまり「取りすぎの害」は「腎臓を壊す」ではなく「効率がゼロになる」のほうが正確である。1.6g/kgを超えた分は、筋合成には貢献せず、エネルギー化されるか、単に尿素として排泄される。コスパの境界線という言葉が、もっとも正確な言い方になる。
“Nothing in excess.”
Morton の1.6は、レジスタンス・トレーニングをする健康成人の中央値である。高齢者では筋合成効率(アナボリック・レジスタンス)が低下しているため、2.0g/kgまで線が押し上げられるという別の研究群もある。減量期の選手も同様に、1.8〜2.2g/kgが目安になる。
逆に、座位中心の若者で、特にトレーニングをしないなら、0.8〜1.0g/kgで足りる。「みんなの線」は存在せず、「あなたの線」がある。1.6はあくまで、運動を始めた中年が最初に置く目印として、もっとも確からしい数字である。
デルフォイの神殿に「過ぎたるは及ばざるが如し」と刻まれていたのは紀元前である。Morton が2018年の49試験で示したのも、結局はそれと同じだった。1.6で身体はもう「ありがとう」と言っている。今夜の食卓では、足し算より引き算で考える。たぶん、それで充分である。