もっとも
確実な、長い投資。
経営者の身体は、最も長く保有する資本である。心肺能力 VO₂max は、医学が知る唯一の「上限なし」で寿命と結びつく数字。今月号は、文学と古典と科学のあいだを行き来しながら、その数字が拓く35年の余白を旅する。
“Walking is man's best medicine.”
心肺能力(VO₂max)は寿命との関係が線形で、上限がない。Mandsager らがJAMA Network Open に発表した120,000人の追跡では、最強の人は最弱の人より約4倍長生きするという、医学では珍しいほど明快な勾配が描かれた。
筋力(特に握力)は、もうひとつの独立した予測因子。Hu の3,000,000人メタ解析で、握力26〜50kgのあいだはほぼ直線で全死亡率が下がる。心肺と筋力は、別々のエンジンで、別々の道筋で、寿命を延ばしている。
日々走り続けることと、意志の強弱とのあいだには、相関関係はそれほどないんじゃないかという気さえする。僕がこうして二十年以上走り続けていられるのは、結局は走ることが性に合っていたからだろう。
村上は1日に8〜10kmを走り、年に1度のフルマラソンを四半世紀続けた。意志ではなく性に合うことを選び、合うものを淡々と続ける。「続いた方が勝つ」という Stamatakis の VILPA も、結局は同じ場所を指している。
Stamatakis がNature Medicine に発表した VILPA(Vigorous Intermittent Lifestyle Physical Activity)研究は、UK Biobank の2.5万人を使い、「ふだん運動しない人」だけを対象にした。結果として1日4.4分の本気の動きで、全死亡率マイナス30%、心血管死マイナス48%。
対象は階段の駆け上がり、坂道の早歩き、子どもを抱き上げる動作。3回×1〜2分の散在的な動き。続いた方が勝つ、効率より、続けやすさを優先する設計。
千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす。
1日4分の動きで身体が変わるわけではない。武蔵が「鍛」と呼んだのは1,000日、「錬」と呼んだのは10,000日。短い動作を、繰り返し、散らして、続ける。それが「あなたはまだ動ける」という信号を身体に送り続ける。Stamatakis の VILPA が示しているのも、おそらくこの信号の累積である。
Paluch が Lancet Public Health に発表したメタ解析(n=47,000)は、歩数と全死亡率の関係を年代別に描いた。60歳未満は8,000〜10,000歩、60歳以上は6,000〜8,000歩で死亡率はプラトーに達する。
曲線の「ヒジ」を越えると、追加効果はほとんど無い。デスクワーカーの平均は3,000〜5,000歩。プラス十分の散歩を1回足せば、ほぼ全員がスイートスポットに入る。
新宿から飯田橋まで、神田川沿いを早歩きする。橋の上で立ち止まると、川面に街灯が二重に映る。歩数計は今夜も7,000を指していて、それでもう、十分だった。
Momma がBJSM に発表した16コホートのメタ解析は、レジスタンス・トレーニング単独でも全死亡マイナス15%、心血管死マイナス19%、がん死マイナス14%の効果を示した。週60分が用量反応のピーク(マイナス27%)で、それ以上は頭打ち。
プロテインの折れる線は1日 1.6g/kg(Morton, BJSM, 49試験)。これを超えても筋合成への追加効果はない。タイミングより、総量を1日に分けて確保する。
“It is exercise alone that supports the spirits and keeps the mind in vigor.”
ヒポクラテスが「歩くことは最良の薬」と書いたのは紀元前。村上春樹が毎朝走り続ける理由は文学的だけれど、Stamatakisが示したのも同じ場所だった。続いた人が勝つ。1日4分でも、週に150分でも、設計の出発点はいつも、明日の朝の靴ひもにある。