短く、
強く、散らして。
ジムに行けない日も、運動しないわけではない。Sydney の研究グループが UK Biobank で見つけたのは、生活のなかに散らばった1〜2分の本気の動きが、ジム通いと同じくらい寿命に効くという事実だった。今号は、駅の階段、坂道、子どもを抱き上げる手──そのすべてに正当な居場所がある、という話。
“Take short walks; nothing kills like inertia.”
VILPA は Vigorous Intermittent Lifestyle Physical Activity の略。日常生活のなかで、息が上がる強度の動きが1〜2分間だけ続く瞬間のことをいう。階段の駆け上がり、子どもを高い高いする手、重い買い物袋を提げて坂を登る数十秒。これらすべてが VILPA の名のもとに集計される。
Stamatakis E らが Nature Medicine 2022に発表したのは、UK Biobank の2.5万人を加速度計で追跡した、世界で初めてのまとまった証拠だった。1日4.4分の VILPA で、全死亡率がマイナス30%、心血管死がマイナス48%。連続した有酸素運動とは別の経路で、独立して寿命に効く。
身体は日々少づつ労動すべし。久しく安坐すべからず。毎日飯後に、必ず庭圃の内数百足しづかに歩行すべし。
貝原益軒が83歳で書いた『養生訓』は、江戸期の予防医学のベストセラーだった。一回の長い修行ではなく、毎日少しずつの労動。食後の庭の歩行、雨の日は屋内の徐行。VILPA の処方は、3世紀前にすでに同じ場所を指している。短く、強く、散らして、続ける。それが「あなたはまだ動ける」という信号を身体に送り続ける。
Stamatakis 2022の重要な制約は、対象者が「自己申告で運動していない人」に限定されていたという点にある。週1回のジム、定期的なランニング、そういう習慣のある人は除外されている。つまり VILPA の効果は、運動の習慣がない人にとっての、追加的な恩恵を示している。
この制約は弱さではなく、強さである。日本の働き盛りの大半は、ジムに通わず、ランニングシューズも履かない。そういう人たちにとって、4分間の本気は、ゼロからの第1歩として最も再現性が高い処方であることを、データは示している。
夜9時の麻布十番。鳥居坂を息を切らして登る。90秒で頂上に着く。歩道の街路樹が黄色に光って、足元の歩数計は今夜も7,000を指していて、肩は熱を持っていた。たぶん、これが1日の4分。
VILPA は心拍計を必要としない。指標は会話の長さ。3〜4語なら吐けるが、フルセンテンスは無理という強度が、目安になる。心拍計があるなら最大心拍の80〜90%。これは持続的に十分続けられる強度ではない。だからこそ、1〜2分の単位なのだ。
本気の動きを「短く」「散らして」やる、という発想は、現代の暮らしと相性がいい。エレベーターは階段に置き換えられ、地下鉄の出口の選び方ひとつで1日の VILPA が増える。日常の選択の余白に、寿命の差が積み重なっていく。
“All truly great thoughts are conceived by walking.”
VILPA はジムの代替ではなく、ジムを持たない日の保険である。VO₂max の頂を伸ばすには有酸素の連続運動が要り、筋肉量を維持するにはレジスタンス・トレーニングが要る。VILPA はそのどちらでもなく、「動かない日が続いた」というリスクの底上げをする。
それでも、ジムに行けない日が1週間続いたあと、毎日4分を続けている人と、まったく動かなかった人のあいだには、累積で大きな差が出る。Stamatakis のデータが示しているのは、その差が寿命の長さに直接結びつくということ。ゼロと30%減のあいだの境界線は、4分間の本気のなかにある。
ニーチェは歩きながら考え、黒澤の侍は素振りを続けた。Stamatakis が UK Biobank で見つけたのは、彼らがすでに知っていたことの数値化だったかもしれない。続いた人が勝つ。今夜のエレベーターを見送って、階段を選ぶ。たぶん、それで充分である。