食べても、
食べなくても。
「朝食を抜くと太る」は本当か。BMJ 2019に出た Sievert K のメタ解析は、13のランダム化比較試験を統合して答えを出した。答えは、抜くより食べたほうが、わずかに太る。「朝食を食べる人は健康」という観察研究の世代の言葉が、ランダム化試験の世代に置き換わった。今号は、観察と因果の隙間で、朝の食卓を読み直す。
“Correlation does not imply causation.”
BMJ 2019年に出た Sievert K のメタ解析は、朝食「追加」群と朝食「抜き」群を比較した13のランダム化比較試験を統合した。総被験者は限定的だが、ランダム化のデザインは観察研究の選択バイアスを排除する。結果として、朝食追加群は体重が +0.44kg、エネルギー摂取が +260kcal/日、多かった。
「朝食を抜くと太る」は、観察研究で繰り返し出てきた相関だった。けれど Sievert が示したのは、それが因果関係ではなく、選択バイアスの産物である可能性が高いということだった。健康な生活習慣を持つ人が朝食を食べているだけ。朝食そのものに、独立した減量効果はない。
That the sun will not rise to-morrow is no less intelligible a proposition, and implies no more contradiction, than the affirmation, that it will rise.
ヒュームが18世紀に書いたのは、観察された規則性と因果関係は別物であるということだった。「朝食を食べる人は健康」という観察も、これと同じ構造を持つ。観察された相関の背後に、別の変数(健康志向、可処分時間、所得)が隠れている可能性を、ランダム化試験は剥ぎ取る。
観察研究は、朝食を食べる人の特徴を追跡することができる。彼らは確かに痩せていて、心血管疾患も少ない。だが朝食を食べる人は同時に、運動習慣があり、所得が安定し、ストレスが少なく、加工食品をあまり食べない傾向にある。これらの「同時に存在する変数」が、朝食ではなく寿命に効いている可能性を、観察研究では分離できない。
ランダム化比較試験は、被験者をランダムに「朝食追加」「朝食抜き」に振り分けることで、これらの隠れた変数を統計的に均す。Sievert のメタ解析が示したのは、朝食という習慣ではなく、朝食を食べる人の生活全体が、痩せていることに効いていたということだった。
朝6時、コーヒーだけ。家族は起きていない。冷蔵庫を開けて閉じる。それで1日のエネルギー収支は、夜の食事まで持たない。Sievert のメタ解析が示したのは、たぶん、こういう個人の判断の余白だった。
朝食を食べる/食べないは、栄養学的にはそれほど重要ではない。本当に効いているのは、1日の総エネルギー摂取、タンパク質の配分(朝・昼・夕で20〜40gずつ)、食事のタイミングの規則性、この3つである。朝食を食べないなら、昼食と夕食でタンパク質をしっかり配分する。それで足りる。
むしろ、義務感で朝食を食べることが、過剰なエネルギー摂取につながる場合もある。Sievert の +260kcal/日 は、年間で約12kgの体重増加に相当する量である。「食べないと太る」という思い込みが、結果として食べさせて、太らせる──そういう倒錯が、観察研究の世代の遺産として残っている。
“The plural of anecdote is not data.”
Sievert のメタ解析が示したのは、朝食を食べるべきか抜くべきかという問いに、栄養学的な正解はないということだった。朝の空腹で集中できるなら、抜けばいい。空腹で集中できないなら、軽く食べればいい。1日の総エネルギーとタンパク質配分が整っていれば、朝食の有無はその帰結に過ぎない。
Intermittent Fasting(間欠的断食)も、Patikorn 2021の JAMA Network Open メタ解析では、朝食を抜くこと自体に独立した代謝効果はあまり認められなかった。要は、自分の生活リズムと1日の食事配分のなかで、朝の食卓をどう設計するかという、個人最適の問題である。
ヒュームが「観察は因果ではない」と書いたのは18世紀。Sievert がそれをランダム化試験で示したのが2019年。私たちが食べていた「健康朝食」の半分は、ナラティブだったかもしれない。今朝、コーヒーだけにしても、フルーツを足しても、たぶんどちらも、それで充分である。