FEATURE № 04 — THE NUTRITION ISSUE
The egg,
rehabilitated.
Plate VIII — 07:22 a.m.
NUTRITION — EGGS

卵を、
戻す。

1980年代のコレステロール仮説で、卵は40年の悪役を演じてきた。それが2020年、Drouin-Chartier J-P が BMJ に発表した215,000人の追跡で、健康成人の卵摂取(1日1個まで)と心血管疾患リスクのあいだに関連がないことが示された。卵は、ほぼ完全な栄養食品として、私たちの食卓に戻ってきていい。今号は、40年の誤解の解体史を読む。

Errors of judgment are usually corrected slowly and reluctantly.
— Thomas Kuhn, The Structure of Scientific Revolutions (1962)
「判断の誤りは、たいていゆっくりと、しぶしぶ訂正される」
ボウルに割られた卵。40年遅れで、食卓に戻ってくるもの。Plate II
01
THE REHABILITATION
215,000人の救出劇
BMJ 2020、Nurses' Health Study + HPFS、メタ解析。卵の悪役からの解放。

Drouin-Chartier J-P らの BMJ 2020は、Nurses' Health Study I, II と Health Professionals Follow-up Study の合計215,618人を追跡し、卵摂取と心血管疾患・冠動脈疾患・脳卒中のリスクを解析した。1日1個までの卵摂取は、これらすべてのアウトカムと関連しなかった。

メタ解析パートでは、米国・欧州・中国・東南アジア・地中海地域のコホートを統合し、結論はほぼ同じだった。1日1個までは安全、1日2個まででも健康成人ではコレステロール上昇はわずか。1980年代の「卵は悪」は、ほぼ完全に誤りだったことが、40年遅れで確定した。

HISTORY — On Food and Cooking1984
ハロルド・マギー『食べ物と料理の科学』· Harold McGee, On Food and Cooking — The Science and Lore of the Kitchen

マギーの料理科学事典は、Ancel Keysの7カ国研究で卵が悪者にされた時代に刊行された。マギーは栄養疫学のブームに与せず、卵という食材そのものの構造的な完全さ──タンパク質の質、脂肪酸のバランス、ミネラル・ビタミンの密度──を淡々と記述し続けた。Drouin-Chartier 2020 が215,000人で示したのは、40年遅れの再評価だった。

02
DISMANTLING THE HYPOTHESIS
コレステロール仮説の解体
食事性コレステロールと血漿コレステロールは、健康成人ではほぼ独立。

1980年代のコレステロール仮説は、「食事のコレステロールが血漿コレステロールを上げ、それが心疾患を起こす」という直線的な物語だった。けれど健康成人の身体は、肝臓でのコレステロール合成を食事量に応じて自動調節する。食事性コレステロールが増えると、肝臓は合成を減らす。食事性が減ると、合成が増える。

この自動調節のおかげで、健康成人では食事性コレステロールが血漿コレステロールに与える影響は、思われていたよりずっと小さい。卵の悪役性は、この生理学的事実を考慮しなかった1980年代の単純化に立っていた。Drouin-Chartier の215,000人は、その単純化の限界を、もっとも長い時間軸で示した。

A simple ritual / 日々の作法
食事性
肝合成を抑制(自動調節)
血漿
ほぼ変動しない(健康成人)
影響大
FH・糖尿病・脂質異常症
影響小
健康成人(一般人口)
VIGNETTE — 母の朝食、半熟

母の朝食は、白いご飯と半熟卵と味噌汁、と決まっていた。私は20年、半熟卵を恐れて生きた。Drouin-Chartier 2020を読んだ夜、母に電話した。「半熟卵、戻していいって」と言ったら、「あんた、40年遅いわよ」と笑われた。

— 編集部
目玉焼きと半熟卵。同じ素材、違う朝の物語。Plates VI–VII
03
THE EXCEPTIONS
例外の人たち
FH・糖尿病・脂質異常症。健康成人でない人は、別の話。

卵の救出は、健康成人の話である。家族性高コレステロール血症(FH)、糖尿病、コントロール不良の脂質異常症の人では、食事性コレステロールが血漿コレステロールに与える影響は健康成人よりずっと大きい。これらの人々では、卵を含む食事性コレステロールの管理は、引き続き重要である。

また、卵を高頻度で食べる代わりに何を減らすか、という置き換えの観点も重要である。卵で野菜を置き換える、卵で全粒穀物を置き換える、そういう食事は栄養学的に偏りを生む。卵は救出されたが、卵中心の食事を推奨するわけではない、という当然の留保が、最後に残る。

It is a capital mistake to theorize before one has data.
— Sherlock Holmes, A Scandal in Bohemia (Conan Doyle, 1891)
「データを得る前に理論化するのは、致命的な誤りだ」
04
DESIGNING WITH EGGS
卵を、設計に組み込む
1個6gの良質タンパク。朝のタンパク質確保には便利な道具。

卵は、約6gのタンパク質、5gの脂肪、ほぼゼロの糖質を、1つの殻に包んだ栄養設計上、便利な道具である。1日のタンパク質を20〜40g/食で配分するという目安に対して、朝食で卵を2個入れれば12g、それにヨーグルトを足せば22g、というふうに簡潔に積み上がる。

値段の安さも、設計上の利点になる。1個30円前後で6gのタンパク質。これは肉や魚と比べてコスパ最強の部類に入る。家計の上でも、栄養設計の上でも、卵は朝の食卓に戻していい。1日2個までは、健康成人にとって安全な目安である。

05
THE NUMBERS
卵の統計
数字で読む、卵の救出。
215,618
Drouin-Chartier 追跡人口
1個/日
健康成人の安全圏(強)
2個/日
健康成人の安全圏(弱)
6g
卵1個のタンパク質
32yr
Nurses' Health 追跡年数
2020
BMJ 出版年
食事のあとの白い皿と、空のカップ。卵は、もう、悪役ではない。Plate VIII
CODA — 編集後記

卵は、40年の悪役を演じきった。Drouin-Chartier の215,000人が示したのは、その演じ込みが誤配であったということ。今朝、半熟卵をご飯にのせる。母の食卓に、40年遅れで戻る。たぶん、それで充分である。

— 編集部 / おかもん先生